ホームです 自己紹介です 小説です らくがきです メモです 近況などです

第三世代型ヴァーチャル・ウォー

「また、軍縮だそうです、隊長」
 二等兵のナガセは参謀本部から送られてきたニュートリノ・ファックスのペラペラな紙切れを厳かな封筒に入れると、コンピュータの山をかき分け、恭しく差し出し、敬礼した。
「それで?」
 大型電算機にむかって、軍事シミュレーションをしていた隊長は、目を離さずに訊ねた。パラメーターの振り分けは実に繊細な注意が必要だったので、隊長は形式的な敬礼を省略し、片手で封筒を受け取ると、見もせずに机の上に放り投げた。
「この宇宙域に配備されている兵士を、10パーセント、カットしろとのことです」
「ほー」
 イスにふんぞりかえりながら、隊長は、たった今、必要のなくなった軍事シミュレーションを眺めた。
「おれって、日ごろの行い悪かったっけ?」
「さあ…」
 ナガセは肩をすくめた。
「仏滅じゃないですか?」
「仏滅ねぇ……ああ、ちがう友引だ」
 ディスプレイに日めくりカレンダーが呼び出される。
 太い黒字で、13日(金)と書かれていた。
 まあ、そんなことは、どうでもいい……。
「やっぱり、厄年ってのは、縁起が悪いもんなのかねぇ」
 隊長があくびをかみ殺しながら、つぶやく。
「とっとと、厄なんか落としといてくださいよ。こういう商売は、げんを担ぐんですから」
「そんなこというけどねぇ、このあたりに、厄除け神社なんてないんだよ」
「あたりまえじゃないですか、そういうのは事前に行くもんですよ」
「いやあ、神社には行ったんだけどねぇ」
「なにをしに行ったんです?」
 厄年の男が、厄落としもせずに。
「交通安全のお守りを買いにね……しかし、いや、あんときゃ、ど忘れしてたから……あとで思い出しはしたよ、でも、引き返すのも面倒だろ?」
 はははっ、と笑いながら、隊長は徹夜で作った軍事機密を消去した。
「おい、レイリー。聞いての通りだ。兵士の数を10パーセント減らしてくれ」
「へいへい……さっきから、やってますよ」
 コンピュータに埋もれながら、モーリス・レイリー少佐が、架空の兵隊をつぎつぎと切腹させていった。
 そう、架空の兵隊を――。
 つまり、ヴァーチャル・ウォー。
 膨大な情報を各国の中枢コンピュータが処理し、極めて現実に近い戦争をシミュレーションしている。
 あくまで、数値上の戦争。
 誰も死にはしない。だが、実際に領地の奪い合いは行われていた。各国が仮想現実戦争の戦果を、現実の結果として認めたのである。といっても、国土を占領されることはない。その大半は、宇宙空間の取り合いに終始していた。
 なぜか?
 それは、地球に軒を連ねている各国のディフェンスポイントが異常なまでに高く設定されていたからだった。攻め入る隙など存在しない。
 が、例外はある。
 東南アジアの某小国が、ひとりのハッカーに国を乗っ取られてしまったのが、それだ。
 国連の歴史判定コンピュータが、クーデターと判断し、そのハッカーの占領を認めてしまったため、いまも国連内では議論されている。
 だから、いまでも内乱が続いているのは、仕方のないことだ。
「それで隊長、この後どうします?」
 一通り切腹させたレイリーは、デスクに肘をつきながら、指示をあおいだ。
 この宇宙に浮かぶ、ちっぽけな出張所の管轄である半径16天文単位(1天文単位は、地球から太陽までの距離に相当する)は、激戦区で、なんらかの対策が必要だった。
「どうしますって、言われてもねぇ……」
 隊長は頭をかきながら、考えこんだ。
「まあ、取りあえず、数だけあわせといてよ。あとで言うからさ」
 両目に目薬をさして、隊長はふたたび大型電算機と格闘を始めた。

              2

「またまた、軍縮だそうです、隊長」
 ふたたび送られてきた指令書を、またも厳かな封筒に入れて、ナガセがやって来た。
「それで?」
 隊長は膨れっ面で、封筒を受け取った。
「現状より、兵士の17パーセント減、機動力の8パーセント減です」
「だとさ」
 隊長は、そのままレイリーに促した。同時に二時間かけて作った軍事機密を消去する。
「そうですなぁ、“兵士八万人の餓死で、指揮低下”ってのは、どうですか?」
「よきに計らえ」
 隊長はイスにふんぞり返った。
「株、売ろっかなー……」
 天井を眺めながら、つぶやく。
 ちなみに、この株というのは、分割された宇宙空間の株式である。占領した宇宙空間では、この株式をもとに、宇宙開発が行われ、また、占領された宇宙空間の株は、底値で相手側に買いたたかれる。
 出張所の職員は、危険の見返りに、各自、2パーセントの株をあたえられている。
「あれ、隊長。株売るんですか?」
 宇宙域の動きを監視していたアウバルシュタイン中佐が、初めて顔をあげた。小隊を率いる隊長の株売買は、部下として放っておけない。指揮官が株を売り払った宇宙空間なんて、あっという間に、占領される。
 往々にして、隊長というポストは株の値を左右する。
「売らないよ……まだ」
「“まだ”ですか」
 アウバルシュタインが、苦笑した。
「そりゃそうさ、あんまり早く売ると、軍法会議にかけられるからなぁ」
 隊長が怖い怖いと、肩をすくめて見せた。
 アウバルシュタインは苦笑したまま、モニターに顔を戻した。
「隊長」
 聞き耳を立てていたレイリーが言った。
「どうした?」
「配置のほう、どうします?」
「よきに計らえ、――おれはしばらく寝る」
 ふんぞり返っていたイスから、跳ね起きると、隊長は仮眠室へとむかった。

              3

「またまたまた、軍縮だそうです、隊長」
 ナガセは一連の内職をすませ、仮眠室の上がり框に腰掛けながら、健気にその職務を全うした。
「厄年ってのは、こうもツイてないもんかねえ?」
 少し寝癖のついた髪をガリガリと掻きながら、隊長は半身を起こした。
 畳の上、じかに寝ていたので、手に形がついている。
「それで?」
 隊長は本日、三度目の「それで?」を発した。
 寝起きのせいか、口調が不機嫌だ。
「現状より、さらに兵士の22パーセント減、機動力の15パーセント減、くわえて、戦艦防衛力の10パーセント減、兵士疲労率の34パーセント増だそうです」
「兵士の疲労は、軍縮じゃないだろう」
 隊長は大きなあくびをかきながら、指摘した。
「おーい、レイリー。聞こえるか?」
 戸が開いているので、そのまま、大声で言う。
「へいへい」
 なんとか声が聞こえてきた。
「兵士たちに無意味な百キロマラソンさせて、肝臓入りのフグちりを奢ってやれ、戦艦は事故った船ばかりでいい」
「おおせのままに」
「おーい、アウバル。デイリーギャラクシーを持って来い!」
 耳に赤鉛筆をはさんだ隊長は、さらに大声を張り上げて言った。
 デイリーギャラクシーの株式欄は、見やすいので有名だった。

              4

「隊長、本日六度目です」
 律儀にも、ナガセが報告しに来た。指令書だって、きちんと封筒に入れている。
「あっそう」
 指令室の真下にある無重量状態の格納庫で、隊長は電磁石の取っ手を握りながら、自分のシップを磨いていた。
 最新鋭船“シリウズ10000”。
 隊長自慢の船で、超光速も楽に出るというスグレモノ。
 スペースシップマニアの隊長は、暇に任せて、ひたすら磨いていた。
 なにせ全長200メートル。
「ナガセくん、そこのワックス取ってくれ」
 隊長は、ふんわりと浮かぶワックスを指差した。
「あのー、隊長」
「ん?」
「指示を出してください」
「なんの?」
「決まってるじゃないですか。本日、第六次軍事力縮小政策に対する、この宇宙域の軍事配備のです」
「それで?」
「一個小隊が残りました」
“だけ”と言わないところが、プロだ。
「そんなもの、どう配備したって、16天文単位の球域を守れるわけないだろう」
「ですが……」
「あのなぁ、ガキじゃないんだから……」
 隊長は面倒くさそうな顔を、ナガセにむけた。
「わかってはいますが、一応、規則でしょう? 軍法会議なんて、ごめんですからね」
 ナガセはそっけなく、ワックスを手渡した。
「お偉いさんの説教も、たまにはいいもんだよ――君みたいな新人には、特にね」
「ひやかさないでください」
 隊長は笑って、ワックスがけに専念した。

              5

「奇跡だね」
 アウバルシュタインが言った。
 まだ、占領されていない。
 仮想現実世界に存在するこの基地(出張所)を占領されれば、半径16天文単位の球域は、その国のものになるのだが……。
「ここまで、ノーマークだったとは、意外だな」
 することのないナガセとレイリーが、コーヒーを片手に、軽口をたたいた。
 もちろん、アウバルシュタインのぶんもある。
「ありがとう」
 レイリーからコーヒーを受け取り、アウバルシュタインが一口啜る。
「それとも、ハリボテの宇宙戦艦が効いてるのかな?」
 ディスプレイに映る全百八十ヶ国の内政報告を眺める限り、まだ誰も攻めてこない。
 まあ、攻めあぐているというのが、実情だろう。
 隊長の命令で、最初から、戦艦の数を変えなかったのが、功を奏した。
 ディスプレイ上では、なんの変化も現れないので、気づかれずにすんでいる。
「戦艦にだれも乗っていないって、分かったら、何秒で落ちますかね」
 ナガセがディスプレイを眺めながら、コーヒーを啜る。
「17秒だよ」
 隊長が、格納庫から上がってきていた。
 その途端、
 ぴーぐちぐち、ぱちゅ、ぱちゅ。
 ディスプレイに表示されていた戦艦が、見事なまでにつぎつぎと爆発していった。
「当出張所は、ただいまをもって、オフ・ランスの占領下となりました」
 アウバルシュタインは同時に、オフ・ランス国の内政状況をディスプレイに映し出した。
「なんだかなー」
 レイリーが笑いながら、腕時計を見ていた。
 17秒だった。
「さて、諸君、ここからが、本番だ」
 隊長は実に、厳粛に言った。
「隊長、オフ・ランス政府が第13次軍事縮小政策を承認しました」
 アウバルシュタインが言下に報告した。
「うむ。総員、45秒で、当出張所より退避する!」
 隊長が叫んだ。

              6

「どうして、そんなに慌てるんですか?」
 荷造りを済ませたナガセは、“シリウズ”で推進ジェットの点検をしている隊長に、訊ねた。
「説明はあとだ。それより、ここの点検をしておいてくれ!」
「え?ああ、ちょっと、隊長!」
「オールグリーンなら、問題ない」
 言うだけ言うと、隊長は、あっという間に、司令室に戻った。

              7

「承認2秒後で、超光速ロケットが発射されました」
 アウバルシュタインが、持ち場に戻っていた。
「やだね〜。勤労な奴らって」
 となりでコンピュータの端末をいじりながら、隊長はハタハタと片手をふった。
「それで、場所は?」
「フィーダル出張所です。ここから、24天文単位の場所です」
「うわ〜。意外と近いんでやんの」
 隊長は思わず天井を見上げた。
「それで?」
「当出張所への、到達予想時刻は、2分48秒後です」
「レイリーの奴は、もう乗り込んだな?!」
 隊長は、手近なインカムをコンピュータの山から引っ張り出しながら、訊ねた。
「はい」
 アウバルシュタインが応える。
「よし、レイリー、聞こえるか?」
「へいへい」
 相変わらずの声が聞こえてきた。
「アイドリング状態で、超光速航行プログラムに書き換えといてくれ、ただし、丁寧にだぞ、丁寧に。おれの船なんだからな」
「へいへい……さっきから、やってますよ。もう、おおかた終わりです」
「よし、ナガセくん、問題はないな?」
「はい、オールグリーンです」
 ナガセの声が、インカムに響く。
「じゃあ、退避だ!」
 隊長がコンピュータの端末をいじり終えると、格納庫の正面ゲートが開いた。
「アウバル、行くぞー」
 声よりも少し早く、アウバルシュタインが動いた。

              8

 全員が船に乗りこむと、“シリウズ”は火を噴いた。
 一瞬、空間が歪み、吸い込まれるように、前方の闇に飛び込む。
「隊長、そろそろ、教えてくださいよ」
 ナガセが不服そうに、言った。一体、なにが起きているのか、まるでわからない。
「そうだな」
 操縦席にいる隊長は、自動操縦に切り替え、メインモニターに宇宙を映し出した。
 ただの宇宙だ。
「これがどうしたんですか?」
「まあ、黙ってみててみ」
 しばらくして、漆黒の画面の中央が、花火のようにポンと光が弾けた。
「……なんですか、あれ?」
「我々がさっきまで、いた場所だよ」
 隊長が、にやりと笑った。
「はい?」
 ナガセは聞き返す。
「つまり、オフ・ランス国は、第13次軍事縮小政策において、占領したばかりの軍事施設を破壊したってことさ」
 アウバルシュタインが応える。
「軍縮は国の誇りだからねぇ」
「なに言ってるんですか! 人がいるんですよ、人が! 死んじゃうじゃないですか!」
 ナガセは憤慨していった。
 しかし、
「君こそ、なに言ってるんだ? 戦争ってのは、そういうものじゃないか」
 ナガセ以外の全員が、声をそろえて言った。